舞台の情報 観劇記録 感想  そして戯言


本日はご来場いただき まことにありがとうございます

このたび 別ブログに掲載していた劇評もこちらにまとめました
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「ポツネン氏の奇妙で平凡な日々」
JUGEMテーマ:演劇・舞台

「 工芸品のようなコントの世界 」

                     日時:2015年 9月 5日 13:00〜    場所:  西鉄ホール


 小林賢太郎のソロ公演「Potsunen」は2005年にスタートし、以後ほぼ毎年公演を行っている。再演や改訂版などもあるが、今回の作品は10年目にして7作目の新作といえるだろう。
 ポツネンも回ごとに変遷をしてきた。最初の頃は、簡素な舞台でセリフが多く、ストーリーもあり、演劇の短編集的な舞台であった。その後、舞台装置が凝ったものになっていき、書斎机や本棚の周りには小林のセンスが活かされた小道具がびっしりと並べられていた。
 そして今回の公演。舞台装置はほとんどない。舞台には6枚の四角いパネルがあるのみ。パネルには様々な映像が映し出され、滑車が動いたり組み立て物が形になったりと、舞台装置の代わりとなっている。しかも映し出されるイラストはどれも小林自筆のもので、彼独特のセンスの世界へ引き込む助けとなっている。これまでも映像は多用していたが、今回はさらに多くなっていたようだ。時々立方体の箱が出て来てそれを利用するところは、ふとラーメンズ時代を思い起こさせた。
 セリフもほとんど無く、時々発せられる声は擬音や感嘆符のたぐい(「ん?」「あーっ!」など)。スクリーン映像で使われる文字も、日本語でない不思議な文字だ。日本語で表すことを極力避けようとしたようなこのような構成も、舞台装置が簡素なことも、海外公演を見越し、世界中の観客に見せることを考慮してのことかもしれない。(この作品も海外公演を行っている(2015年2月)とのこと。)

 ストーリーは、ポツネン氏が光る昆虫らしきものを捕まえるのだが、家で育てるうちに大きくなり、白くて丸い不思議な生き物となる。それをペットとしてかわいがりながらも、不可思議で奇妙な出来事に遭遇していく。一緒に過ごした白い生き物が、最後に現した正体は・・・?

 毎回感心させられるのだが、小林の舞台は実に緻密である。小林が隠れるタイミング、出て来るタイミング、物を落としたりキャッチしたりするタイミング。舞台の計算し尽くされた構成や、細部まで描き込まれたイラストは、すべてに小林のこだわりが感じられ、それを愛し形にするスタッフの意気込みも感じられる。0.1秒のズレも0.1mmのミスも許されないで仕上げられており、まるで手の込んだ工芸品を見ているようだ。しかしそこには笑いも散りばめられているので、決してよそよそしかったり堅苦しかったりはしない。また、小林の手品やパントマイムの技術もプロ並みであるため、驚かされたり感心させられたりするシーンも多く、楽しい。さらに、おなじみの徳澤青弦の音楽が、個性的ながらも何となく物悲しいノスタルジックな雰囲気で、観客の気持ちをざわざわさせる。
 演劇のようでもあり、パントマイムショーのようでもあり、手品のように騙される快感もあり、美術品を鑑賞するような雰囲気もある――コント。
 緻密で美しくハイレベルでありながら、安心して笑える。この心地よい空間は、なかなか他では味わえまい。

 ポツネン公演も10年となり、小林の母体であるラーメンズの活動と同じくらいの歴史を刻むに至った。ラーメンズは現在は活動休止中であるが、ポツネンというシリーズ世界への創作意欲、そして小林が自分らしさを表現する場としての意識は、ますます膨らんでいるように感じられる。ここ数年、海外での公演も行っており、この先ポツネンの世界がどこまで広がり深まっていくのか、期待を持って見守りたい。まだまだ見た事の無い世界を見せて、楽しませてくれるに違いない。   【終】
| 13:04 | 劇評 | comments(0) | trackbacks(0) |
小林賢太郎ソロ公演「ポツネン氏の奇妙で平凡な日々」を見る(舞台メモ付)
JUGEMテーマ:演劇・舞台

すっかりお久しぶりとなっております。

先日、タイトルの公演を見に行って来ました。
演劇公演を見るのも久しぶりだし、西鉄ホールも久しぶり(笑)
当日券で入ったので、スタッフの方に指示されて並ぶ。
この方は、・・・西鉄ホールのスタッフリーダーの・・・・お名前が思い出せない(;;)
でも私の顔を覚えていてくださって、うれしかった!
何年ぶりでしょうか。ごぶさたしております。

高校生になった娘が、今さらながらラーメンズ&賢太郎さんにハマっているようなので
思い立って当日券で見にきました。
「SPOT」以来かなぁ。
一番後ろの当日券用の席でしたが、とても見やすかったです。


舞台は相変わらず緻密で凝っていて、おもしろかったです。
娘は身を乗り出し、声を出して笑い
驚くと少女のように両手で口を覆ったりして
夢中で見ていました。
カーテンコールでは一生懸命手を振って。
終わってホールを出たら「あっという間だった・・・」と名残惜しそうに
アンケートを長い時間かけて書いていました。
その後お茶を飲みましたが
「賢太郎さんが同じこの街にいると思うだけでうれしい」
なんて言いやがりましてw
大ファンだな!!!(笑)

でもわかるよ、その気持ち(*^-^*)
賢太郎さんには中毒性があるからね〜。


賢太郎さんがカーテンコールでこう言いました。

「僕はメディアにあまり出ませんが
良いものを作ろうということはいつも思っています」
「良いものなら、鼻が利くヤツは 絶対嗅ぎ付ける」
「ただ、友達とは話合わねーんだろうなー!(笑)」

「僕に気づいてくれてありがとう。
小林賢太郎は劇場に居ます。」

相変わらずブレないポリシーですね。
でも知名度は、きっとずっと上がり続けているし
客層も、いつも若いし、男性が多かったりするところを見ると
ずっと若い人の感性を刺激し続けているのだろうなぁと思います。


劇評はのちほど。

舞台内容のメモを貼っておきます。長いのでたたみます。
舞台をごらんになった方は、このメモを読んで舞台を思い出していただけるかと思います。






 
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| 10:09 | 舞台感想 | comments(0) | trackbacks(0) |
すごい! 今度のまどかぴあ舞台創造プログラム
JUGEMテーマ:演劇・舞台


まどかぴあが本気出した!!びっくり

大野城まどかぴあから、子ども宛に封書が届きました。
うちの子どもたちは以前、まどかぴあの舞台創造プログラムという企画で
「子どもミュージカル」に参加させていただいたので、それで届いたのでしょう。
開けてみると、舞台創造プログラムのお知らせではあったのだが

これがなんと!!!
20周年ということで、大変なことになっている!!!


まずは演劇のワークショップ、3講座。
http://www.madokapia.or.jp/workshops/detail/34

俳優になるためのワークショップシリーズ
『”身体力”を鍛える! [アクション編] 』 講師 藤家 剛(俳優・殺陣師)

『”想像力”を養う! [台詞と向き合う編] 』 講師 内藤裕敬(南河内万歳一座 座長)

『”表現力”を培う! [実践演技編] 』  講師 池田成志(俳優)


うええええーー!!ガーン すごい講師陣だ!!
藤家さんは新感線の殺陣師さん。テレビ業界でも有名な方らしい。
内藤さんは万歳一座の座長さん。福岡でもたくさん公演をしているから、ご存知の方も多いはず。
そして・・・ナルシさんっ! 池田成志さんが演技指導をするですってぇぇぇ!!?
万一私が受講したら、緊張して何も一歩も動けないでしょう。(目が怖いしw)

とにかくものすごいメンバー。
さらにうれしいことに 「ワークショップレポーター募集」との文字発見!!ハート目
なります! レポートさせてくださいっ!!
こんなお仕事をしたかったんです!待ってました!!(おちつけ)

今さら俳優になる勉強をするつもりはありませんが(笑)
レポーターは応募してみようと思いますし
もしダメでも見学ができるらしいので、見学しにいきたいと思います! スキップしてっ!(笑)

本当に楽しみな企画ですハート


そしてさらにさらに!
「プロデュース公演」ということで、来年の9月に公演をするのだそうです。
演出:内藤裕敬、 脚本:中島かずき、 出演:池田成志
http://www.madokapia.or.jp/workshops/detail/35

・・・・脚本、中島かずきぃ〜〜〜!!??がーん すごいじゃないですか!
書下ろしですってよ!
しかも、ナルシさんも一緒に出演するだなんて!
これは・・・各地からすごい人々がたくさん応募してくるんじゃないですかね。
(大野城近辺優待枠とかないんですか?)


うちの子が出演したミュージカル以後、企画がなくて
また出たかったのに、もうやらないのかな〜と残念がっていたのですが
今回のこのBIGな企画に、親子でちょっとビックリしています。
子どもは、ワークショップのどれかには出たい、と言っています。
倍率高いかな〜(^^;)

 
| 12:07 | 演劇イベント in 福岡 | comments(0) | trackbacks(0) |
扇田さんを送る会 詳細
JUGEMテーマ:演劇・舞台

扇田さんの記事ばかり続いて、扇田ブログのようになっていますが(笑)
これで最後にします。

送る会の詳細がレポートされました。
http://sonae.sankei.co.jp/ending/article/150707/e_sogi0001-n1.html
(1)〜(8)まであります。


扇田さんは誰に対しても、飾らず平等に扇田さんであり
いつでも初めて出会ったもののように新鮮な気持ちで、舞台をご覧になられていたのだなぁと
演劇人の方々のメッセージを読んで感じました。
そのようにあることは決して簡単なことではない。
お人柄と、純粋な演劇愛の成せるわざだったと思います。
「こんな人になりたい」 
あらためて思わされました。




WEB記事は、将来消されてしまう可能性があるため
たいへん長いですが、コピーして貼っておきます。


 
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| 22:01 | 演劇情報 | comments(0) | trackbacks(0) |
扇田さん さよなら
7月6日は「扇田昭彦さんを送る会」でした。

Twitterなどから、雰囲気のよい追悼会だったことがうかがわれます。
たくさんの演劇関係者が来場されたよし。





(画像はtwitterからお借りしました)


亡くなられたという実感がまったくなく、
来年あたり、また講座があるというお知らせが届きそうな気がしてしまいます。
もう先生のお話を聞いたり、笑顔を拝見したりすることはできないのですね。
さびしいです。


少し思い出を並べて、お別れします。
扇田さん、さよなら。大好きでした。  これからもずっと私の心の支えです。

150706_2309~01.jpg  150706_2310~01.jpg



  
(飲みの席でお隣りでした)









 
| 10:49 | 演劇情報 | comments(0) | trackbacks(0) |
扇田昭彦さん追悼
JUGEMテーマ:演劇・舞台


一言で言えば、「こんな人になりたい」という人でした。

扇田先生はもともと朝日新聞の記者で
たまたま、芸能関係の部署に配属されて
演劇が好きだったこともあり、取材をしたり批評を書いたりされるようになりました。
当時(たぶんもう40年以上前)のことですから、今のように情報がすぐ得られるわけではないし
テレビ放送も無い。
扇田先生はたくさんの舞台に足を運ばれました。
その中で、唐十郎、野田秀樹という才能を目にし、
当時異端と見られていた彼らの作品を、正当に評価しました。
扇田先生というのは、そういう「新しい才能」が大好きでした。
もう少し最近では、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんや、松尾スズキさんも評価していた。
驚くべきは、奇をてらったものが好きだったわけではなく、
ちゃんと力がある若手を見抜いていたこと。
その証拠に、彼らは今、みんな日本の演劇界の実力者となっています。
そうかと思えば蜷川幸雄さん、井上ひさしさんといった巨匠に対しても
同じように接し、公平な評価をされていました。
あのやわらかな風貌からはなかなか想像できませんが、あれでけっこう武闘派で(笑)
ダメなものはダメと(自分で思ったら)書いて発表したりするので
蜷川さんと大ゲンカしたり、出入り禁止だったかな?そんなこと言われたりして。


扇田先生の強味(と私が思うところ)は
たくさんの演劇をじかにその目で見られてきているところです。
当時の劇場の雰囲気はもちろん、作品に与えた当時の社会の様子を、その目で見て来ている。そこで生きて来ている。
それをたくさんの記録に残しています。
さらに、現在は現在の作品の評価、現代社会におけるその作品の意義づけなどを
時代に則し、いつも冷静な目線で書かれていました。

たくさんの経験と豊富な知識。
おだやかで知的な風貌。
誰にでもわけ隔てなく接する態度。
私のような者にも、怪訝な目線を向けることなど一度も無く
まるで旧知の友人のように接してくれました。
それでいて、評価は冷静で厳しい。
劇評を見ていただいた時にも、どの部分が良くて、どこが悪いか、足りないか
きちんと厳しく説明してくださいました。

私は扇田先生のようになりたかった。
たくさんの舞台を見て、それをなるべく記録して
新しい人や新しい作品が出れば、それに対して正しい評価をして、将来を期待する。
そういう演劇人でありたいと思いました。
劇評を書く時にも、誰が読んでもわかりやすく、おもしろく
その舞台 見てみたいな、と思えるようなものを書きたい、
それでいてきちんと、演劇の情報やその舞台の意義も記したい。
そう考えながら書くように心がけていました。

私も子育てや他のことが忙しくなって、ずっと劇評を書いているわけにもいかなくなったり
福岡の演劇シーンも盛り上がるどころかやや低迷気味であったりして
ここ最近は演劇の勉強は怠けていたと言わざるをえません。

そんな中で、このようなブログを書いてもいるのですが
ブログを書くにあたっても、いつも私の文章の基本は
扇田先生に教えていただいたことでした。

読んでおもしろいように。わかりやすい文章であるように。
おもしろそうだから私も見てみようと、読者の人に思ってもらえるように。
批判的はものは書かない。努力していることを否定しない。
新しい才能、新しい世界を見つけたら、それが本当に価値あるものかどうか見極める。
価値あるものであったら、信念をもってそれを紹介する。
つまり、自分の審美眼を信じる。

私が芸術に接する時の基準、文章を書くときの基準は
すべて扇田先生から学んだことだと言っても過言ではありません。
ちゃんとした劇評を書く時にも、別に先生に見せるのではないですが
迷った時には「これを読んだら先生はなんと言うだろう」「先生だったらどんな書き方、持って行き方をするだろう」と
そこへ立ち戻りながら書いていました。

私の心の支え。私の基準であり、目標でした。


扇田先生には数回教えていただいただけで、とても「弟子」「生徒」などと言える立場ではないのですが
私は(何度も言っていますが)勝手に「心の師」としていました。
その先生が亡くなった今
私はどうしたらいいのか。


こんな時に、私が好きなフィギュアスケーター町田樹さんが
「継ぐ者」というタイトルの素晴らしい作品を発表されていて
私がそれにインスパイアされているのですから、不思議なつながりだと思います。

町田さんが、作品のコンセプトとして発表した文章*の中に、こういう言葉がありました。
『人間は誰もが何らかの「継承者」と言え、
その人生を全うする過程で、
「受け継ぐ者」と「受け渡す者」の両者を経験することになるはずです。
人から人へと連なる、過去へも未来へも永遠と続く、その連綿たる連鎖の中に存在する』


私は一介の主婦にすぎませんが
扇田先生の教えを少しでも受け、それを目標にものを書いて来た者として
先生の姿勢やものの見方を、私なりに受け継ぎ、自分の人生で生かし
できる範囲で何かを残していくこと。
それが、私がしなければならないことなのだろうなと思います。

町田さんのことばが、本当に響いて来ました。
扇田先生とお知り合いになれ、教えを受けることができた幸せと意義を、
忘れずに生きていかなければならないな、
いや、"ならない" じゃない、
そうして生きていけばいいんだな、と思えました。
別に、これからすごい劇評を書くぞ!とか、先生の遺志を継いで演劇の歴史を刻むぞ!なんていう大仰なことじゃなくて
先生の教えを胸に、
自分のできることを、できる範囲でしながら、生きていこう、
私も扇田先生の教えを、ほんの少しでも「継ぐ者」の一人として、
誇らかに、がんばっていこうと思えたのでした。
(「誇らかに」は町田さんが引退された時に言った言葉です)

そして、たとえばこのブログを訪れてくれた人が
私が書いたものによって何かへの興味が広がったり、新しい世界を見つけたりしてくれることがあったら
私も何かを「受け渡す」ことになるのかもしれない。
それは演劇のことではないかもしれないけれど
扇田先生の教えによって、書いているこの文章が、何かを誰かに伝えられたのだとしたら
それでいいのかもしれない。

今、そんな風に思っています。


だから、これからも書きつづけようと思っています。
ブログも、演劇に関する文章も。



扇田先生のご冥福をお祈りします。
先生、これからもずっと私の側にいてください。
・・・というか、勝手に私の心の傍らに置かせていただきます。
これまでもそうだったように(*^^*)


*町田樹さん「継ぐ者」作品コンセプト:http://tatsuki-machida.com/skating/17_inheritor.html


   *******
 
続きで、演劇レビューを書かれている『因幡屋ブログ』さんの
扇田先生追悼記事を転載させていただきます。(自分用の記録として)
因幡屋さんの演劇レビュー、これまでもたびたび読ませていただいていました。
宮本さん、転載許可、ありがとうございます。

 
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| 23:29 | 劇評関連 | comments(0) | trackbacks(0) |
扇田昭彦さん 亡くなる
私の演劇における心の師であり
劇評の先生でもあった
扇田昭彦さんが、亡くなられました。


大好きな、大好きな、大好きな先生でした。


福岡に越してきて、隣町で扇田先生の劇評講座があると知り
申し込んだ時にはもう締め切りを過ぎていたので
1年待って翌年に受けました。
それくらい好きでした。
東京にいたらお近づきになれるはずもない扇田先生に教われるなんて!と感激し
講座の最終日には打ち上げで飲みに行って、おしゃべりをして。

その後も、劇評コンテストで入賞させていただいて、評をいただいたり。

講座に参加して挨拶すれば、覚えていて下さって
やさしい笑顔で会話して下さって。
ついこの間も講座に参加して、挨拶させていただいたばかり。
お元気だったのに…。


「自分は先生ではないので、先生と呼ぶのはやめて下さい」と言われるので
「扇田さん」と呼ばせていただいていました。


中学生でもわかる文章を書くようにと言われたこと

劇評では批判してはいけない、舞台を作る人はものすごい気持ちと労力をこめて作っているのだから、と言われたこと、

新しい才能は見たこともない形で現れるもの、異端視してはいけないし、そういうものを受け止める柔軟な感覚が大切と言われたこと、

すべてが私の、演劇批評や、文章を書くうえでの
より所となっています。


突然過ぎて、ショックがひどいです。
涙が止まらない。



ありがとうございました、扇田さん。
お会いできたこと、少しでも教えを受けられたこと、私の誇りであり喜びでした。
演劇界においても、大きな損失です。残念です。

どうぞ安らかに。
穏やかで優しい笑顔、忘れません。



| 22:32 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
町田樹 『第九』の功罪
これは演劇関連のことではなくて
私のもう1つの趣味・フィギュアスケートに関することを書いた文章です。
劇評ではないですが、評文としてまじめに書いたものなので
私の執筆の記録として、こちらにも上げておきます。
言い訳や説明は文末に(笑)


*********************************

「 町田樹 『第九』の功罪 〜1フィギュアスケーターが目指した境地〜
 
 今シーズン、町田樹はフリープログラムの演目としてベートーヴェンの『第九交響曲』を選び、自ら「シンフォニック・スケーティングの極北」とテーマづけた。「シンフォニック・スケーティング」とは、クラシック(あるいはモダン)バレエの1ジャンル「シンフォニック・バレエ」から由来したネーミングである。
 シンフォニック・バレエとは、音楽そのものをバレエで表す作品のことであり、『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』等のように物語を演じる作品ではない。同様に町田も、音楽そのものをフィギュアスケートで表そうという挑戦をしたわけだ。男子フィギュアスケートにはこれまでもストーリー性がない音楽で踊る作品はたくさんあったが、それはいわば「ダンス」のジャンルであった。町田は「バレエ」を作品の根幹に据えて取り組んでいることが異質であるし、またその取り組み方へのこだわりの強さも異質である。
 もともと表現することが好きで、表現力を自分の長所の1つと自覚していた町田だが、転機は3年前に『火の鳥』を振り付けてもらったフィリップ・ミルズとの出会いと言えるだろう。バレエ界出身のミルズに町田は大きな薫陶を受けた。その証拠として、リンクに入ってから出る時までを1つの作品として演じるべきという教えに従った町田は、『火の鳥』を演じる時、リンクインの瞬間から鳥のように羽ばたき、演技後のお辞儀も鳥になりきってみせた。最初はその大仰な仕草に失笑さえ漏れたこのような行動も、町田の演技と世界観が確立するにつれ彼独特の当然のものとして見られるようになった。2年後、世界選手権『エデンの東』でのお辞儀などは、世界の実況がバレエダンサーのようなその優雅さに感嘆さえしたのだ。
 舞台芸術、総合芸術としてのフィギュアスケートを目指した町田は、ソチ五輪のシーズンの演目『エデンの東』でほぼそれを完成する。町田の芸術的スケートに世界が注目したのは、しかしその美しい動きだけではない。世界屈指の成功率と美しさを持つ4回転ジャンプをはじめとした、高い技術力だ。男子選手がとかく技術の向上と点数のアップのための技開発に力を注ぎ、作品全体の流れは二の次にしがちなのに比べ、町田は世界トップレベルの技術を入れたうえで表現にこだわった。4回転ジャンプですら点数のためではなく表現のため、観客の心を一気に惹きつけるための手段と捉えた。結果、プログラムは芸術作品となり、観客は見終えた瞬間総立ちとなる。町田というスケーターを知らなくても、その演技は心に刻まれることとなる。
 そのような領域にまで技術と芸術性を高めたフィギュアスケーターである町田が、「シンフォニック・スケーティング」と銘打ってベートーヴェンの第九交響曲に取り組むと言う。聞いただけでも期待は高まるが、町田はさらに、初戦であるスケートアメリカまでプログラムの一切を秘密にした。いわく「舞台や映画を制作途中の中途半端な状態で見せることはしないでしょう?」
そして舞台作品の初日よろしく、スケートアメリカでのワールドプレミア(世界初披露)を行った。いまだかつてこんなやり方で試合にのぞんだ選手がいただろうか?しかも圧倒的な演技で他選手に大差をつけて金メダルに輝いたのである。
 町田はまず、ショートプログラム「ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジー」を美しくパーフェクトに演じ、高得点を出した。そして翌日、まばゆくきらめく深いブルーの衣装でリンクに現れた。(衣装から音楽の構成にいたるまで町田は全てに要望を出し、その理想が反映されているのだという。)
 冒頭約20秒間の静止。力強い音楽とともに演技が始まり、4回転ジャンプを2回成功させる。美しいバレエ的なポーズを随所に散りばめて、慈しむような穏やかな曲調に乗せたステップが続く。後半には休むことなく詰め込まれたつなぎの動作とたたみかける高難度なジャンプ。『第九』の合唱が荘厳な演技を後押しする。残念ながら後半のジャンプは決まらないものもあり、未完成と言わざるを得なかったが、それでも完成形がもう目に見えるような出来であった。

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 この美しく壮大で高難度なプログラムが完成した暁には、誰もが立ち上がって喝采し歓喜の涙を流すだろう。その時、フィギュアスケートの世界の新しい扉が開かれ、見たことのない世界を見せてもらえるのではないか。間違いなくそんな予感がしたワールドプレミアだった。

 しかし、残念ながらその扉が開かれることは無かった。町田の『第九』はその後の試合を経てもついに完成には至らず、しかも町田はシーズン途中で突如引退してしまった。
 引退については様々な事情があろうから、ここで言及することはしない。ただ確かなことは、目の前の大きな扉――「芸術としてのフィギュアスケート」という誰も開けたことがなかった重く大きな扉を、ほんの少しだけ開けてくれ、その向こうにあるまばゆい光を見せてくれた『第九』という作品は、もう演じられることはなく、扉はまた閉じられてしまったのだということだ。『第九』が完成に至っていたら、扉の向こうの光の世界を見ることができたかもしれない。もっと言えば、『第九』を完成させて扉を開いたうえで、さらにもう1つでも2つでも、至高の作品を味わわせてもらいたかった。町田にならそれができる、いや、彼にしかそれはできないと思うがゆえに、扉が閉じられてしまったことが残念でならない。大きな失望感、喪失感を抱いて扉の前に立ち尽くしている人は大勢いるのではないだろうか。
 実際、町田の引退を惜しむ声はスポーツ界、フィギュア界だけでなく、文化・芸術方面からも多く寄せられた。こんな人がフィギュアスケートに関心を持っていたのか?と思われるような人からのコメントが多く聞かれたのだ。それは町田の取り組み方や思想が、ジャンルを超えて興味を持たれていたからであろう。このようなフィギュアスケーターもまた、他に類を見ない。
 この「芸術としてのフィギュアスケート」という大きな扉を、再び開けてくれる選手は現れるのだろうか。町田ほどの高い志と高い技術を持って、扉に手をかけるスケーターが。我々はそんなスケーターが現れるまで、町田の『第九』の時に見たまばゆい光を忘れられずに、ここに座り込んで扉を見上げるしかないのだ。            【終】



*********************************

この文章は、町田樹選手が引退した時(2014年12月)に
このシーズンのフリープログラム「第九交響曲」という作品がもう演じられないことと、
町田選手が当分スケートをしないだろうと思われる絶望的な状況に対して
彼の取り組みの作品のすばらしさをどうにかして残しておかなければいけないという気持ちが抑えられなくなり
一気に書き上げたものです。
私は劇評を書く練習をしていましたので、その手法で、
作品のすばらしさと取り組みの意義深さを伝えることに主眼を置き、なるべく客観的に書いたつもりです。

実際は、町田さんはこの4ヶ月後にショーに復帰し、さらにすばらしい作品を披露してくれたので
この時の喪失感は払しょくされたわけですが
当時、自分がどれほどの思いだったかという記録として、
また、町田選手のラストシーズンについてそれなりにまとめた記録として、
ここに残しておこうと思います。

町田さんはフィギュアスケートを芸術として捉え、氷の上を舞台として演じておられるので
ここは演劇関係のブログではありますが、それほど的外れな内容ではないと信じ、掲載いたします。

 
| 13:44 | 劇評 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日の感想をつぶやき風に その2
今日は楽しみにしていた扇田昭彦先生の講義。
内容は現代演劇史。
私の一番好きな分野&一番好きな先生です(*^-^*)

扇田先生は変わらず素敵だった!!
もう、ホントにあんな人になりたい。
博識で、上品で、気持ちは熱い。そして偉そうな所が一切ない。
憧れるわ〜。

今日のお話は、1960年代から現在までの演劇の流れだったんだけど
だいぶ駆け足で、しかもダイジェストだった。
ああ、大学で扇田さんが教授だったら1年かけて授業を受けたい!
いや、ゼミに入りたい!
(愛を叫ぶのもいい加減にしましょう)

駆け足だったけれど、今日は、
60年代当時の体験談が聞けてうれしかった。
寺山修司の街ジャックや、唐十郎の新宿西口公園事件の、体験談。
「その場にいた」「それを見て来た」というのが、
扇田さんが演劇ジャーナリストとして貴重であることの、最たるポイントであると思う。
そのお話を直に聞くことができて、嬉しかった。

また、扇田さんの素敵な所は「上品」なところ。
演劇というのは、ものによっては過激でエログロで悲惨であったりするのだが
扇田さんがあの語り口と穏やかな表情で説明されると、
そういう表面的なものは取り払われて、その作品の本質がわかるような気がする。
例えば、大人計画なんか私はあまり好きではなくて、
あの舞台の過激さ、性的描写や差別的内容に引きずられてしまう。
要は「嫌い」目線で見てしまうので、批評も眉をひそめたような内容になってしまう。
扇田さんはそういう所がない。
過激さやグロテスクささえも俯瞰して見て、その作品の本質を落ち着いて捉えていらっしゃる。
さらに私たちに提示(説明)する時にも、
こういう舞台で、こういう意義がありすばらしい、という感じで話される。
私はそれを聞いて、そうか、そこが面白いのか!とか
そこに本質があったのか!と
理解することができるのだ。

私もそんなふうになれたらいいのだが。
まだまだ勉強不足です。


今日は懇親会(飲み会)があるのですが
昨日も飲み会だったし、家族にも申し訳ないので断念しました。

講義終了後、以前一緒に劇評講座を受けた友人と
扇田さんに声をかけました。
こちらが名乗るより早く
「やぁ、お久しぶりです(・∀・) 」
と言って下さいました。 感激です!(≧∇≦)
懇親会に出られない旨と、来週も楽しみにしていることをお伝えしました。


来週は演出についてのお話だそうです。
楽しみです!!

| 18:14 | 演劇イベント in 福岡 | comments(4) | trackbacks(0) |
今日の感想をつぶやき風に
今日で2日間の、鐘下さんの戯曲解釈講座が終わった。

1本の戯曲をここまで掘り下げるということに、
驚きと感心を覚える。


私は演劇をしていた頃
3人の演出家にお世話になった。
(「演出家」といっても、まあ同年代の友人だが。)
一人は感情型。あと二人は深読み型だったと思う。

深読み型の二人は非常に説明が多く、外側から固めるタイプだったと思う。
今回の鐘下さんがたぶん同じタイプ。

役者を動かすためには「かわいい女だよ」「愛がもっと深いんだ」などと言っても、わからないことが多い。
良い役者は「わからないからわかるように、演技できるように説明してくれ」と言ってくる。
気持ちや主観的感想を伝えるよりも、
事実・・・年齢や置かれている状況や、相手との関係など・・・を伝えた方が
その人物像がより明確にイメージできる場合がある。

なるほど、その通りだ!

でも私は感情型の方が好きだった。
テンションを上げようと努力ばかりしていた。
このセリフをこの人が言うのは、こういうバックグラウンドがあるからだということは
(少しは考えたけど)そんなに深くは考えなかったな。
気持ちを入れて、それで人物を動かす動機づけをすることしか考えてなかった気がする。
それに夢中になっていた。

うーん、だからいい役者になれなかったのかなっ(笑)

ま、もちろん脚本の内容にもよるのだろうけど。

今回学んだようなアプローチの仕方を当時知っていたら
もっと違う役作りができたかもしれないし
細かい所、深い所まで突いてくる深読み型演出家の求めているものも
もっと理解してあげられたかもしれない。

そんな、昔のことを思い出しながら聞いた講座でした。


講座の内容や感想は、またあらためて。



| 21:56 | 演劇イベント in 福岡 | comments(0) | trackbacks(0) |