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岡田利規 @朝日新聞《オピニオン》
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 
朝日新聞朝刊、中ほどの《オピニオン》のページに
今日は岡田利規さんの文章が載った。

オピニオン[論劇]  『ニッポンの若者』
110112_0916~01.jpg
文章といっても、戯曲である。

先週は宮沢章夫さんのものが載った。
( [論劇] 『人間多様性の国 ニッポンver.2.0 』 )
私が知る限り、先週から週1回水曜日に掲載のようだ。

戯曲の形をとって、現在の日本の問題を指摘している。


宮沢章夫さんの方は、規制や区別(差別?)についての内容で
こちらはちょっと・・・・宮沢さん特有のちょっとヒネた書き方だから(笑)
読んだ人の好き嫌いはあるかもしれない。

でも今日の岡田さんの文章はよかった。
これは、中高生なんかが読む、あるいは実際演じてみたらいいんじゃないか、
というような内容であった。

 内容は、
舞台にスクリーンがあって、そこに一人の男が映し出される。
舞台上には進行役のような女性が一人、マイクを持って立っていて
映像についてコメントしたり、観客に問いを投げかけたりする。
 (※ 「 」内は新聞から抜き書いていますが、原文ではありません。おおまかにはしょっています)

「これはすでに録画済みのVTRを再生しているのだと思いますか?
それともどこか別の場所で、たった今これはライブで撮影されているのでしょうか?」

「(彼はこちらが見えていないと言っていますが)本当でしょうか?
劇場のどこかに隠しカメラが付いていて、みなさんの様子を彼はあそこから見てるかもしれないですよね。」

映像の中の男も言う。
「えっとみなさん、とか言って、みなさんに該当する人がそこにいるならばの話ですけれど」
「もしかして誰も見ていなかったりして。だとしたらはてしなく虚しいな」

与えられたタイトルは『ニッポンの若者』らしいのだが
「それにしても、僕ははたしてニッポンの若者なんでしょうか?」
「僕は、ニッポンの若者です。
誰に対してか?といえば、若者ではないニッポンの人にとってです。
あるいは、ニッポンの人ではない若者にとって、です。
さらには、若者でもニッポンの人でもない人にとって、ですよ。
そういう人たちから見たら、僕は、ニッポンの若者です。
その自信というか覚悟は全然ないですけど。」

「逆にみなさんに訊きたいんですが
僕は、ニッポンの若者ですかね?
そういうふうに自分のことを言っちゃっても、大丈夫ですかね?
自信持っちゃっても大丈夫ですかね?
ていうか、自信もったほうがいいですかね?
逆に持たないほうがいいという説もありますけれえども。」

「もうひとつ訊きたいのは・・・・みなさんはニッポンの若者ですか?」


そして最後、進行役の女性が言う。
「この映像はライブではないですけれども、
ではこの人は今、ライブでしょうか?
もうちょっと正しく言うと、この人は今、アライブでしょうか?」

答えを求められた観客は
「この人が今現在、まだちゃんと生きてるかどうか、ってことですよね。」
「え、でもそんなの、ここでは別にどうでもよくないですか?」



現在の若者の、何を真実として生きたらいいのか
自分は何者なのか、混とんとしてしまっている感じを、強く受けます。
そういうのがわかりづらくなってしまっている社会の、問題性を感じます。
この、漠とした不安感を、漠としてあらわしているところが
非常に共感したし、おもしろかったです。
若者に読ませたい。


チェルフィッチュ(岡田さん主宰劇団)の芝居は、特殊すぎて(動きがw)
テレビで見た限りですが、そんなにおもしろいかしら??なんて思っていたんだけど
今日の記事をよんで俄然、岡田さんに興味がわきました。
たしか小説も出していたなあ。 読んでみようかな。

| 09:07 | 語る。 | comments(0) | trackbacks(0) |
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