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「裏切りの街」 劇評
JUGEMテーマ:演劇・舞台

劇評書きました。
劇評ブログ「劇評の森」にも、同じものを投稿しております。




「裏切りの街」 テレビ観劇                              公演  2010年 5〜6月

(鑑賞日時:2010年7月16日)

作・演出  三浦大輔

出演  田中圭、秋山菜津子、松尾スズキ、安藤サクラ、米村亮太朗、他

 

日々怠惰に暮らし、付き合っている女のヒモのように生活している菅原祐一(田中圭)。バイトも無断欠勤し、親からの電話にも出ず、エロ動画を見たり出会い系サイトに電話したりして1日をつぶしている。あるとき出会い系サイト電話に1人の女が出る。なんとなく惹かれ会う約束をしてみると、40歳くらいの女性(秋山菜津子)であった。次第に親しくなり、深い関係に陥るが、祐一は彼女を、女性=智子は夫を裏切る背徳心を抱える事になる。しかしパートナーがいることを知っても、別れる気もないままに関係を続ける二人。やがて智子は祐一の子を妊娠する。同時期に二人の関係も、双方のパートナーにバレてしまう。

 全編を通して漂うけだるさ。頻繁に性行為の描写が出てくるが、イヤな気持ちはしない。祐一と智子は、一秒の猶予もないように慌しく衣服を脱ぎ、貪るようにお互いのカラダを求める。動物的で激しいその行為は、男女の恋のロマンチックさとはかけ離れているようだ。しかしそこに至るまでの二人の会話や態度からは、決して性欲を満たすためだけの相手ではないことを感じる。好きなお笑い芸人が一緒であったり、見た目が好みであったり、何より文句のつけようがないパートナーが居ながら自分はどうしてこうもダメなのか、という劣等感と自責を抱えている事をお互いに感じ取ったことが、二人を結びつけている。それを見ていると、このどうしようもない二人に対して、ある種の愛おしさと共感をおぼえてしまう。

最初は、この二人がパートナーを裏切っているだけのように見えた。祐一の彼女 里美(安藤サクラ)も智子の夫 橋本(松尾スズキ)も、善良で献身的に相手に愛情を尽くしており、しかも浮気にうすうす感づきながらも黙って耐えている。祐一と智子がラブホテルで激しくSEXをしている間、家で独り待っている里美と橋本のシーンがそれを印象づける。

しかし、話が進むにつれ、パートナーたちも裏切りを重ねていることがわかってくる。里美は、祐一と共通の友達である伸二(米村亮太朗)と関係を持っている。祐一にばれると、「こんなのイヤだけど向こうが付き合ってくれと言ってくる」と困っているようなことを言い、伸二も謝りに家にやって来る。お互い様だしこれで無かったことになったんだな・・・と思って見ていると、帰路についた伸二にトイレの中の里美からこっそり電話がかかってくる。「また会おうよ」とささやきあう二人。その衝撃。

また智子の夫も、祐一を呼び出して「もうバレたんだからいい加減にしときなさいよ」と釘をさす。しかしそう言った後「俺にも他に女がいて、一緒に過ごしている時はあの女のことなんか思い出しもしねぇからな」と、吐き捨てるように言う。その衝撃。

どの登場人物もそうやって相手に嘘をついていて、しかも裏切っているのは仕方ないと心の中で正当化している。抱えている重大な問題とまっすぐに向き合って解決することはせず、なんとなくどうにかなるだろうとやり過ごしている。またそれで何とかおさまって生活が動いて行き、破綻する危機感も持っていない。


 彼らはみな逃げていて、もろくて、ずるい。決して手本となるような生き方とはいえないが、不思議と共感してしまう。祐一や智子が自己嫌悪しながら浮気するのもわかるし、どうせ自分からは逃れられないとわかっている橋本や里美の見下した気持ちもわかるし、その裏側には一応の愛情もあることもわかる。そして、自分の正当性を訴えるために彼らの口から出る必死な言葉も、ウソではなく、しかしまた真実でもない。そんなごまかしや言い訳は、多分私たちの誰にでも思い当たる。だからダメだなぁと思いつつも共感してしまうのだ。


 三浦は岸田國士戯曲賞を受賞した「愛の渦」でも過激な性描写やリアルな会話で、若者の人間模様を表現したというが、本作でもその方法で舞台を息づかせることに成功しているといえよう。祐一と里美のすれ違いや諍いも、いかにも今目の前で起こっている現実を見るかのようだ。それは役者の巧さもあるが、脚本のセリフがよく構築されているためと、演出の緻密さによるものだと思う。特に祐一を取り巻く若者たちの会話は、「マジありえねーし」とか「わかってッから」とか、いかにも現代風の日常会話であるが、意味の無いことばや動きを並べているわけではなく、非常に練られて選ばれたセリフであり行動であると思う。だからこそ、その場をはぐらかすようなことばかりしているのに、こちらには状況と心情が現実味をもって伝わってくるのだ。


 舞台美術(田中敏恵)が魅力的。舞台下手上部には智子と橋本の家、上手には祐一と里美の同棲している部屋が配され、舞台の転換で中央部に街、駅構内、ラブホテルなどが次々に立体感をもって現れる。

田中圭の、体当たりで繊細な演技に拍手。映像が主で舞台はまだ3度目という彼だが、度胸の良さとたしかな演技力を感じた。秋山菜津子の演技は、生まれて初めて出会い系サイトに電話し、見ず知らずの若者に出会った初々しさがリアルで新鮮。松尾スズキの、慇懃でやさしい態度を取りながらも時折見せる氷のような表情、不気味さもさすが。

けだるく破壊的な音の〈銀杏BOYS〉の音楽もいい。


 若者の日常を切り取ったような会話劇は昨今人気だが、一言で「若者の日常」といっても、チープで軽い内容の作品群とは明らかに一線を画す作品であった。こんなにダメな人々を見せられたのに、なぜか人間が愛おしく、人恋しくなった。                                      

                                                   【終】


| 23:20 | 劇評関連 | comments(0) | trackbacks(0) |
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